Masukディグニス帝国の皇女リアナは17歳になったが、まだ結婚相手も決まっていないことが恥ずかしいと感じていた。そんなある日、嫌々出向いた社交界でひと悶着起きた後に、野良ネズミに導かれるように今まで見たことのない部屋を見つける。そこには父の名が記された一冊の本があった。それには、まだ来ていない未来のことが記されていた…… ー半年後、我が娘を…… 暗殺するー 皇室心理戦サスペンス。
Lihat lebih banyakここ最近にあったことと言えば、隣国のヌーク王国が我がディグニス帝国に併合されたことだろう。以前から併合の話は出ていたけど、隣国の君主がいつまでもそれに応じる姿勢を示さないまま6年が経っていた。特に脅威と言えるほどのモノでは決してなかったと思う。でも、我が父、皇帝サリエフの言う限りでは、我が帝国の臣民が幾つか拉致監禁されていると、拷問を受け死者もでている。これらの報復と救済を目的として侵攻をし無条件降伏に持ち込んだと言う。
物騒な話ではある。しかし、今に始まったことでもない。以前から父は似たような口実を持ちかけては武力による領土拡大を進めてきた。そのおかげもあり今や我が帝国は世界でも覇権を握らんとするまでに成長していた。敵も限られてくる。だからこそ、あんな小国が我が帝国を挑発するようなことをするものなのか、いささが疑問で仕方ない。 と。そんな、くだらないことに部屋の窓から帝都を一望し没頭するのが私の日課。この部屋から見渡す景色はまさに平和そのもの。血生臭い光景など目に映るはずもない。 「姫様、朝です。早く起きてください。まもなく着付けの者が参ります」 扉を挟んだ向かい側から、いつになく聞き覚えのある男の声がする。毎朝、偉そうに私を起こしにくるくせに一度も私より早く起きたことのない専属護衛のオルディボだ。扉に邪魔され姿こそ見えないが、その声からも分かるほどに若い30代ほどの護衛だ。そこまで体格が良いわけでも護衛として優秀なわけでもない。ただ、顔だけは整っている。だからかえって腹が立つ。 「ありがとう。貴方のおかげで今日も遅れずに済みそうだわ」 「いえ。これが仕事ですから」 そんな仕事は無い。まんざらでもない態度で男は返答した。朝一の皮肉をものともせず話を続けようとする男に対し姫はベッドに横たわり話を聞く態勢に入った。前日、そのまた前日と変わることのない予定を垂れ流し聞くだけの朝のルーティン。正直何一つ頭に入ってはいない。そもそも聞く気すらないのだから。 しばらくすると、着付けの者達が部屋の前に到着した。 「リアナ様。私です。ミリアです。着付けのお手伝いに参りました」 私はベッドから起き上がると、ゆったりとした足踏みで部屋の扉を僅かに開けた。そこには二人のメイド服を着た女性が礼儀正しく待機していた。その先頭は黒髪を胸まで伸ばし、気の強そうな顔つきで私を見つめるミリアが、後方は赤髪をキッチリと結んだ気の弱そうなメガネの新人アロッサがいる。よく見れば、奥にはオルディボが待たせたなと言わんばかりの表情でこちらを見つめている。どうやら、自分の仕事がここまでだと言うことを心得ているようだ。こればかしは、ご苦労様と言ってあげても良いと思う。姫は、僅かに微笑むと特に気にかけることもせず、二人だけを中に入れ扉を閉めた。一瞬、何を言い出したのか、その言葉に、その場にいた全ての人々の表情が凍りつく。一人、姫を除いて。 「リアナ皇女…… こ、ここは2階だと伺っておりますが、それではワレが……」 「あら、ぺテック公爵。私のためなら命だって掛けられると先程述べたばかりではありませんの。先の熱弁、大変心に刺さりましたわ。どうか、私の期待を裏切らないで下さいね! ぺテック公爵!」 姫は優しく微笑む。今日、初めて向けられた姫の笑み。ペテック公爵の拳に力がみなぎる。 「なりません閣下! おやめ下さい!」 何人かの彼方の護衛達がぺテック公爵を取り囲む。しかし、ぺテック公爵は覚悟を決めた表情で上着を脱ぎ捨てる。姫は両手を合わせ満面の笑みを浮かべる。 「離せ無礼者! 今こそ、リアナ皇女の期待に応えねばッ!」 ぺテック公爵は護衛達の静止も聞かず、ただ猛進に窓へと走った。その姿は猛獣に追われる家畜の如く滑稽なモノだった。 「はぁ…… はぁ…… はぁ…… リアナ皇女……」 「まったく。期待はずれだわぺテック公爵」 ぺテック公爵の猛進は呆気なく終わる。圧倒的な高所を前にぺテック公爵は床に崩れ落ちる。それを横目に姫は軽蔑の視線を送った。 「一つ勘違いしているようだけど、貴方が私に与えられるモノなんて命くらいなモノよ。それも出来ないでよくもまあ大口が叩けたものね。恥を知りなさい。二度と私の前に現れないでちょうだい。目障りよ」 姫は態度を一変させ、何の抵抗も無く罵声を浴びせた。その光景に動揺を隠せない公爵の護衛達。しかし、誰一人としてその場を動く者はいなかった。ぺテック公爵はあたかも命乞いでもするかのような表情で姫を見上げる。 「はぁ…… はぁ…… ど、どうか頼みます…… ひ、姫様……」 姫の眉毛がひっそりと上がる。 「あらぺテック公爵。貴方に姫という呼び方を許した覚えは一度もないはずだけど。私と対等になったつもり? 冗談じゃないわ。口を慎みなさい、"旧"アルト王国ルクス・ホーク"元"王子? ぺテック公爵の称号に傷が付いてしまいますわ。大切にして下さいね」 その言葉にぺテック公爵はただ無言に俯き、拳を握りしめた。その表情に忖度の念は見受けられなかった。つかさず、護衛の男が「離れて下さい」と姫をぺテック公爵から遠ざける。男はいたって真剣な眼差しだった。それもそのはず、こ
それから一時間ほどの時が経ち、ようやくペテック公爵が我が宮殿前に姿を見せた。姫は護衛を含めた何人かのメイドを引き連れ公爵の到着に備える。と言っても、私が来たのは数分前のことで特に待っていたわけでもない。あっちが1秒でも遅れたら、すぐに帰るつもりでいる。 「リ、リアナ皇女…… はあ…… お、お久しぶりですなぁ……」 ペテック公爵は、お疲れだった。その太々とした顔から滝のごとく汗を垂れ流し、気味の悪い笑顔をこちらに見せつける。聞いていた通り白馬を連れていたが、ペテック公爵は、リードを握っているだけで乗馬していたわけではない。というより、同行している護衛達も誰一人として乗馬してるものはいなかった。まさか、この広大な敷地内を歩いてきたのだろうか。乗らないなら一体なんのために連れてきたんだろうか。つくづく愚かな人間だと思う。 「お会い出来て嬉しいですわペテック公爵。あれ? 随分、お疲れなようにも見えますが体調でも優れませんの? でしたら今日はひとまず帰られて、また体調の優れた時にでも来て下さい。私はいつでも、お待ちしていますよ」 「いえいえ。そんなことはありません…… ただ、少し疲れただけです。それにしても、なぜまたいきなり敷地内全域に乗馬禁止令など…… ワレが領地を離れた時には、そんな情報は無かったはずですが……」 「知りませんわ。お母様が決めたことですもの。ですよねオルディボ」 護衛は「間違いありません」と頭を下げる。どうにも腑に落ちないペテック公爵は戸惑いの表情を見せる。どうやら、カッコつけようとしたあまり馬車も連れずに来たせいで、最後まで歩くハメになったそうだ。しかし、良い運動になって良かったと思う。我ながら、良いことをしたと思う。 すぐさま、ペテック公爵を接客室へと案内する。その道中も姫と、ペテック公爵の間に護衛が入り出来るだけ接触しないように細心の注意が図られた。汗のせいなのか元からなのか普通に体臭が臭い。というか多分、後者だと思う。 「それで、本日はどういった御用件でいらしたのでしょうかペテック公爵」 姫は接客室に用意されたソファに一人座る。ペテック公爵も姫と向かい合うように用意されたソファに深々と腰掛ける。こうして向かい合ってマジマジと見てみると、ボタンが一つ外れていることに気がつく。きっと収まりきらなかったんだと思う。もう、不合
「何を言っているんですか姫様。昨日からずっと言ってましたよ。明日、ペテック公爵が見合いに来られるから覚悟しておくようにと。今朝も言ったはずです。まさか聞いてなかったんですか?」「うん。」 姫は、真顔で応えてみせた。 聞いていたと言えば嘘になるが、聞いていなかったわけじゃない。聞きたくなかったんだと思う。ペテック公爵に対して私はあまり良い印象を持っていない。 「先月も来てなかったかしら? それに私、丁重にお断りしたはずだと思うんだけど。何でまた来てるの? 早く追い返しなさいよ。ネズミより簡単な相手でしょ?」 「と言われてましても、ペテック公爵は元はと言えば隣国アルト王国の王子でした。それを戦争という形ではなく対話という形で併合し、爵位を与えています。あまり刺激しては反乱を起こされかねませんからね」 「そう。じゃ良いわよ。結婚するわ。多少、お腹が出てて頭の毛が少なくても、この際、気にしない。だから、今晩の社交会はキャンセルしておいて。今夜は、私の婚約記念日よ」 「リアナ様、そんなに早まらないで下さい」 「別に早まってなんてないわよ。ミリア、あなた私が何歳か知ってる? 17よ! いつになったら結婚できるの? もう、社交会に行くのだって恥ずかしいわ。数年前は同い年の子達と、いつ結婚出来きるかな、なんて話してたのに、もう同い年の子なんて誰もいないわよ。みんな結婚していったわ。これじゃ、良い見せ物よ」 姫はいつになく苛立った態度を見せた。と言っても別に私は結婚したいわけではない。単に、この歳になってもまだ結婚できていない自分が恥ずかしいだけ。どこの貴族の娘も14にもなれば婚約者が大体いるもの。でも、私には、それが出来ない…… 「それで、お父様は何て言ってたの」 「はい。今回も優しくお断りするように、とのことです」 「はいはい、いつも通りね。分かったわよ。お父様の命令なら仕方ないわね」 姫は体を伸ばし僅かな運動をして身体を慣らした。 「さて…… 次はどう断ってやろうかしら? そろそろ容姿に触れても良い時期だと思うんだけど。このくらいなら問題にはならないわよね?」 「そんな心配なさらなくても大丈夫ですよ。大抵の男は姫様と数分話しただけで嫌気が差して帰りますから。姫様はいつも通り自然体でいれば良いんです」 「あら、言うじゃないオルディボ。で
私の姿を確認するや否やテーブルの席についていた我が母、皇后イザベラが複数のメイドを連れ、こちらへと急ぐ。姫とは打って変わって皇后のドレスは強欲な貴族の如く厚く豪華な物であった。その顔立ちは決して悪くはないが疲れを隠しきれないのか、いつになく老けて見える。表情も比較的穏やかであまり権威らしいものは感じられない。単に疲れているだけかもしれないけど。「しばらく見ないうちに、また一段と綺麗になって。母として本当に誇らしいわ。髪も少し伸びたんじゃないの?」「いえ、お母様。3日ほど前に切ったばかりです」「あ、あら。そうだったの…… そ、そうよね。私ったら、まだ疲れてるみたいだわ。そうだわ、朝食を摂りながら少し、お話ししましょう。今日はリアナの好きな苺ジャムを用意したのよ。一緒に食べましょう」「お母様。前も言いましたが、リアナはジャム全般が好きではありません。朝食にはいつもマフィンをいただきます。ぜひ覚えていってくださいね」 決して姫の優しい笑みが崩れることはなかった。どんなに、その場が凍りつこうとも姫の笑顔は暖かかった。姫は、それ以上何か言うわけでもなく静かに自分の席の前に立つ。皇后が寂しげな様子で姫の前の席に座ると、それを合図に姫も席についた。護衛の男は扉付近で、ただ静かに待機していた。「それで、リアナ。何か変わったことはなかったかしら? 何かあれば話してほしいわ」「特にありませんわ、お母様。いつも通りです」「そう……」 皇后は言葉を失う。テーブルの上の食事だけが減り、次第に時間が過ぎる。まるで食事に手をつけない皇后と違い姫は美味しそうに満面の笑みでマフィンを嗜む。何か言いたげな皇后には見向きもせず、姫は朝食を終えた。「今日はあまり食べる気分ではないわ。この後の社交会の準備もありますし、このくらいにしましょう。リアナ、貴方も今晩のために早めに準備なさいね」「はい。そうさせていただきますわ。ご馳走様でした」 姫は皇后が席を立つのを確認すると、すぐに立ち上がり扉へと急ぐ。まるで、一刻も早くその場から逃げ出したいかのように。すぐさま、扉が開くと姫は護衛の男に視線を向けダイニングルームを後にした。しばらく無言だった護衛もある程度の距離を進んだ辺りで思わず口を開いた。「姫様。少しは言葉を選んではいかがですか? 皇后様も姫様に会えるのを楽しみしておられたんで